漁業、魚市場、農業

観光、その他、寺泊港

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問題

観 光

I01

  弥彦(やひこ)スカイラインがオープンしたのは、いつでしょうか。

I02

  越後七浦(えちごななうら)シーサイドラインの全線開通(ぜんせんかいつう)は、いつでしょうか。

I03

  寺泊地域(てらどまりちいき)に海水浴場(かいすいよくじょう)は、何ヶ所(なんかしょ)あるでしょうか。

I04

  寺泊地域に温泉(おんせん)は、何ヶ所あるでしょうか。

I05

  寺泊のイメージキャラクターの名前(なまえ)は、何というのでしょうか。

I06

  寺泊地域のイメージキャラクターは表(おもて)がカニ、裏(うら)がタコの姿(すがた)をしています。
  このモチーフとなった表裏の透彫(すかしぼ)りの御神体(ごしんたい)をまつる神社(じんじゃ)は何という
  名前でしょうか。 

   
       

その他

J01

  海岸(かいがん)での塩作(しおづく)りを、何というのでしょうか。

J02

  山田地域(やまだちいき)には、平家(へいけ)の落人(おちびと)が伝(つた)えたという伝統産業(でんとうさんぎょう)が、今なお
  継承(けいしょう)されていますが、何という産業でしょうか。

J03

  大正時代(たいしょうじだい)に郷本海岸(ごうもとかいがん)で掘(ほ)られたものは、何でしょうか。

寺泊港

K01

  江戸時代(えどじだい)後半(こうはん)の寺泊には、何隻(なんせき)の北前船(きたまえせん)が出入(でいり)りしてたでしょうか。

K02

  明治(めいじ)40年(1907)に始(はじ)まった寺泊築港工事(ちっこうこうじ)には、大量(たいりょう)の石(いし)が
  使(つか)われましたが、この石はどこから運(はこ)んできたのでしょうか。

K03

  寺泊の港(みなと)は人工的(じんこうてき)に造(つく)られた港ですが、どのようにして防波堤(ぼうはてい)を
  造ったのでしょうか。

K04

  初めて寺泊港(てらどまりこう)が定期航路(ていきこうろ)の寄港地(きこうち)となったのは、いつでしょうか。

K05

  初めて寺泊-佐渡(さど)、間に航路(こうろ)が開(ひら)かれたのは、いつでしょうか。

K06

  初めて寺泊-赤泊(あかどまり)、間に航路が開かれたのは、いつでしょうか。

K07

  寺泊ー赤泊航路は、通称「何航路」と呼ばれていたのでしょうか。

K08

  寺泊-赤泊航路に高速船(こうそくせん)「あいびす」が就航(しゅうこう)したのは、いつでしょうか。

K09

  「あいびす」が就航する前に、1000トン級(きゅう)のカーフェリーが、運航(うんこう)して
  いましたが、その船の名前は何というのでしょうか。

K10

  昭和(しょうわ)50年(1975)に寺泊港へ入港(にゅうこう)した船は、何隻でしょうか。

K11

  海(うみ)の事故(じこ)や不審船(ふしんせん)など発見(はっけん)した時、通報(つうほう)する電話番号(でんわばんごう)は何番(なんばん)でしょうか。

K12

  港湾整備(こうわんせいび)でクレーンなどを装備(そうち)した全旋回(ぜんせんかい)起重機船(きじゅうきせん)「第三栄進(だいさんえいしん)」が
  活躍(かつやく)しています。この船の主な作業は何でしょうか。