L48
大河津分水工事
(
おおこうづぶんすいこうじ
)
の
時
(
とき
)
、
土砂
(
どしゃ
)
をかさ
上
(
あ
)
げしてできた
標高約
(
ひょうこうやく
)
60メートル
の
丘
(
おか
)
に
二百尺
(
にひゃくしゃく
)
という
集落
(
しゅうらく
)
がありました。
その集落の
現在
(
げんざい
)
の
名前
(
なまえ
)
は、
何
(
なん
)
というのでしょうか。
.
「
野積茅ヶ原
(
のづみちがや
)
」
野積茅ヶ原集落は、
明治
(
めいじ
)
42年(1909)に
再開
(
さいかい
)
された
大河津分水路
第二次工事
(
だいにじこうじ
)
の
時
(
とき
)
、分水工事の
区域内
(
くいきない
)
にあったことから、
移転
(
いてん
)
を
余儀
(
よぎ
)
なくされました。このため、分水工事で
掘削
(
くっさく
)
した土砂を
捨土
(
すてど
)
して
小高
(
こだか
)
く
伸
(
の
)
びた
場所
(
ばしょ
)
に集落を
造
(
つく
)
りました。
.