L38
本間屋数右衛門
(
ほんまやかずえもん
)
の
後
(
あと
)
、
江戸時代
(
えどじだい
)
の
後半
(
こうはん
)
に、
分水工事
(
ぶんすいこうじ
)
を
幕府
(
ばくふ
)
に
願
(
ねが
)
い
出
(
で
)
た
人
(
ひと
)
は
だれでしょうか。
.
「
星 清五郎
(
ほし せいごろう
)
」
天保年間
(
てんぽうねんかん
)
(1830~1844)から
安政年間
(
あんせいねんかん
)
(1854~1860)にかけて、
野積村庄屋
(
のづみむらしょうや
)
(
村役
(
むらやくにん
)
人の
長
(
ちょう
)
)の星清五郎【
文化
(
ぶんか
)
6(1809)~
明治
(
めいじ
)
10(1877)】は、
分水工事
(
ぶんすいこうじ
)
の
現地調査
(
げんちちょうさ
)
をする
役人
(
やくにん
)
を
案内
(
あんない
)
する
一方
(
いっぽう
)
、
自
(
みずか
)
ら
分水路工事
(
ぶんすいろこうじ
)
の
必要性
(
ひつようせい
)
をといて
幕府
(
ばくふ
)
へ
願
(
ねが
)
い
出
(
で
)
ています。
.
.