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 松沢町(まつざわちょう)にある「判官(ほうがん)さま」という「地蔵(じぞう)さまは、
 だれを(まつ)っているのでしょうか。

    「 (みなもとの) 義経(よしつね) 」
 
 文治(ぶんじ)3年(1187)、源義経 【平治(へいじ)1年(1159)~文治5年(1189)】
 は兄頼朝(あによりとも)対立(たいりつ)して(みやこ)から(のが)れ、途中(とちゅう)から(ふね)()って奥州平泉(おうしゅうひらいずみ)岩手県(いわてけん))を
 めざしましたが、船が難破(なんぱ)して寺泊(てらどまり)上陸(じょうりく)しました。
 義経(よしつね)は、しばらくの(あいだ)五十嵐家(いからしけ)滞在(たいざい)したと(つた)えられています。
 その()(まち)人達(ひとたち)は義経をしのんで、上陸した(ちか)くに判官地蔵(ほうがんじぞう)をつくりました。
 義経は、判官(ほうがん)地位(ちい)にあったことから、判官さまとも()ばれています。