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 円福寺(えんぷくじ)の境内(けいだい)にある二(ふた)つの七重(ななじゅう)の塔(とう)は、何(なん)という名前(なまえ)でしょうか。

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    「 佐藤継信(さとうつぐのぶ)・忠信(ただのぶ)追福(ついふく)の塔(とう) 」
 
 元暦元年(げんりゃくがんねん)(1184)、源義経(みなもとのよしつね)に従(したが)って源平合戦(げんぺいがっせん) (源氏(げんじ)と平家(へいけ)の争(あらそ)い)に出陣(しゅつじん)した
 佐藤継信・忠信をさがしに、二人(ふたり)の母親(ははおや)音羽御前(おとはごぜん)[生没年不明(せいぼつねんふめい)]は、奥州(おうしゅう)(岩手県(いわてけん))
 から寺泊(てらどまり)に来(き)ました。
 音羽御前は、寺泊で二人の死(し)を知(し)ると、円福寺にお参(まい)りをして供養塔(くようとう)を建(た)て冥福(めいふく)を
 祈(いの)ったと伝(つた)えられています。

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