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  聖徳寺(しょうとくじ)の住職(じゅうしょく)で勤皇(きんのう)の志士(しし)と呼(よ)ばれた人は、だれでしょうか。

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   「 窪澤(くぼさわ) 円一(えんいち) 」
 
 窪澤円一【弘化(こうか)4(1847)~慶応(けいおう)4(1868)】は、聖徳寺の住職でしたが、
 江戸時代(えどじだい)の末(すえ)に勤皇の志(こころざし)をいだき、寺泊をでました。
 慶応4年(1868)8月、羽州角間川(うしゅうかくまがわ)(秋田県大曲市(あきたけんおおまがりし))の戦(たたか)いで戦死(せんし)しました。
 聖徳寺の境内(けいだい)には、円一から野崎(のざき)に改名(かいめい)した「野崎君碑(のざきくんひ)」があります。

 寺泊の青年志士5人組
  五十嵐伊織(いからしいより)、窪澤円一、柳下安太郎(やぎしたやすたろう)、外山友之輔(とやまとものすけ)、脇屋志喜武(わきやしきぶ)

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